トップエンジニアになる
日々の業務お疲れ様です。
毎日、仕事は大変ですか?帰ったらご飯を食べて寝るだけですか?
そんな状況では生産性の向上は望めません。厳しい状況の中でも、あきらめずに向上しようという意思を持つことが大切なのです。
世界一流のエンジニアは、目の前の業務に追われたりしません。
それは、一流という能力の高さによるものなのかもしれないです。しかし、それだけではなく目の前の業務をやるべきタスクとしてとらえていない事による部分も大きいと思います。
目の前に転がっているのは自分が成長するためのもの。山の頂上を目指すための坂なのです。
その為、目の前の業務が終わらなさそうでも、しっかりと一つ一つを理解して進めようとする気概があります。
スピードが遅くなることを恐れないのです。それこそが、真にスピードアップをするための秘訣だというのは何とも不思議な事です。
その根本にはBe Lazyという原則が存在します。「やらなくてはならない事をいかに減らすか?」その問いに答えるツールとして有効なのは、優先順位づけと完璧主義に対してアンチになることにあります。
プログラマは根本的にLazyであるべきなのです。頑張りすぎるそこのあなた。本来の姿に戻りましょう。人間の姿に。
記憶の整理をする際に気を付けるべきことはなんですか?それは、横にアヒルを置くことです。
ラバーダックデバックは、強力なツールです。これは説明力を鍛えるだけの単純なトリックではありません。人間の脳の容量をアヒルが補ってくれると考えられるでしょう。
それではまず何から始めるべきでしょうか?
そうですね。細かい事はまず気にせず、とにかく大雑把にチャレンジしてみましょう。気を付けなければならないのは、チャレンジを目的としない事です。
手段と目的の混合は太古からの人類の課題です。
台湾の歴史
漢民族が移住してくるはるか昔に、東南アジア方面から台湾に渡来してきた原住民が狩猟や焼畑農業などを行い暮らしていた。そこに南からオランダ、北からイスパニア(スペイン)が進行してきた。オランダはセーランディア城・プロビデンシャ城を築き、イスパニアはサン・サルバドル城、サント・ドミンゴ城を築いた。その後優勢だったオランダにより台湾全土が支配された。
17世紀初頭になると、中国大陸南部から漢民族の移住が始まった。このころ中国では明朝から清朝への王朝交代があったためそれが理由で渡来する人もいた。渡来者は福建省と広東省の出身者がほとんどであり、出身の違いや耕地などを巡り戦った。
このころの中国では清朝に王朝が切り替わった時期だが、海賊の頭目だった人物が反清朝活動の為に台湾を利用し始める。これに対し清朝側は「反清復明」をさせないために、文官を派遣し統治を開始した。
19世紀末、日清戦争で日本が勝利したことにより台湾が日本領土となった。遼東半島などもはじめは日本領土となったが、西洋の国々の圧力により中国に返還された。台湾もそれを期待していたが、中国側の切り捨て政策によりその期待が裏切られた。この時、日本による支配を嫌った人たちが「台湾民主国」の独立宣言により1895/5/25に形式的にアジア初の民主国として独立した。しかし、すぐに日本軍の侵攻にあい、潰れ去り日本の「飴と鞭」の政策により台湾の日本化(初等教育による日本語や日本作法の教育、神社参拝など)俗にいう皇民化政策がすすめられた。
日本の統治が始まったばかりの頃は抗日運動があったが、日本側はこれを武力弾圧した。日本の圧政に苦しんだ台湾では、1930年10月27日、霧社に住む300人余りが突如武力蜂起した。これが霧社事件である。
日本による支配は1945/8/15の日本敗戦後の「返還」まで続いた。
台湾の中国返還後は、中国国民政府軍が台湾に来たが、その士気の低さと驕りの為に台湾側から嫌われた。そんな中1947年2/27の夜に、台北市で国民党の専売局闇たばこ摘発隊が逃げ遅れた闇たばこ売りを殴ったことから2/28事件が始まった。同隊は抗議して集まった台湾人に向かって発砲し一人を殺害した。翌2/28にデモ隊が専売局に押し掛けた際、公署から機関銃の一斉射撃を受けたデモ隊が多数の死者を出した。これに怒った台湾人が、光復(日本からの返却)後に外省人(光復後に移住してきた中国側の人)の店舗を焼き討ちにし、決起するよう呼びかけた。この反乱は武力によって抑えられたが、台湾人エリート数万人が闇へ葬り去られた。このことが本省人と外省人との対立のきっかけになっている。
その後大陸では毛沢東により中華人民共和国の成立が宣言された。また、北朝鮮による韓国への侵攻(朝鮮戦争)も始まった。これにより台湾も共産主義へと傾くかと思われたが、それを恐れたアメリカが台湾防衛の意思を固め、アメリカの支援により台湾は共産化を逃れた。それらアメリカの影響を受け台湾は工業化していった。国連を脱退した後も国際的孤立の中で経済活動に専念した台湾は今では日本のGDPをも上回っている。これはTSMCに代表される半導体企業をみてもわかる通りである。
ここの文章は地球の歩き方台湾を参考にした。
皇国の興廃この一戦にあり 各員一層、奮励努力せよ
日露戦争において、日本海海戦での勝利に大きく貢献した三笠には東郷平八郎が乗船し指揮を執っていた。ロシア海軍、バルチック艦隊と交戦した際にはT時戦法を採用し、Z旗を掲げて全艦隊のしきを上げ勝利を収めている。
・Z旗は「皇国の興廃この一戦にあり 各員一層、奮励努力せよ」という意味
・T時戦法は上空から見た際の艦隊の並びがT時になる戦法
・三笠は勝利の後帰還するが、佐世保港内で爆薬庫の爆発事故により沈没している。爆発の原因は「信号用あるうこーるに火をつけたのち、吹き消して臭いを飛ばして飲むピカという飲み会に失敗して爆発した」という説がある。
・三笠の復興の第一幕では、戦艦のうえに水族館を立てたりして集客施設のようにしたが、民衆の反対と海外からの批判によりしっかりとした形で復興させるようにした。
お金大好きマンです
大まかな流れ
7世紀、持統上皇・文武天皇の命令で中国に習い律令(大宝律令)に基づいた中央集権国家の建設を行っていた時代。そんな時代にお金のルーツを見る事ができる。
このころの金は金属製の硬貨のようなお金で、銭貨と呼ばれており、和同開珎などが有名である。和同開珎は中国の「開元通宝」をまねて作られたもので、はじめは出来がよかったが、大量生産が必要になってからとても質の低い銭貨が出回るようになってしまった。
そこで、12世紀半ばから16世紀後半までは、「渡来銭」と呼ばれる中国から流入した銭貨が使われた。商品経済の発展と共に、銭貨の使用が民衆に浸透し始めた。
その後、江戸幕府により金貨・銀貨・銭貨が発行され日本独自のお金が全国で流通するようになった。19世紀後半から20世紀にかけて、初めて日本の統一通貨「円」が導入され、日本国銀行券が全国で使われるようになった。
2021/05/07 の勉強記録
今日の勉強内容は本要約チャンネルからです。
このチャンネルはQOL(Quality of Life)を上げるために必要なノウハウを紹介しているような有益な本を簡単にわかりやすく要約しているチャンネルです。
QOLを上げたい人は一度見てみることをお勧めします。
私が今日見た動画は「適職についての動画」「アウトプット大全」「ひろゆきの凡人道」「神時間術」の4本です。
どれも非常に有益な動画でした。是非皆さんも見て頂ければと思います。
ここからは覚えている限りでまとめようと思います。
科学的な適職
自分に合った適職を見つけるうえで気を付けるべきことがまとめられていました。
個人的に印象に残ったのは、「自分の好き」を仕事にしないことです。
なぜなら、自分の好きな仕事には自分のやりたくないことも含まれていることが多く、「こんなはずじゃなかった」と後で絶望する可能性があるからです。
ほかにも、雇用が安定していない仕事につかないほうがいいとか、プライベートにも関わってくるような職場はよくないとか言われてました。
とても参考になるので、気になる方は実際に見て頂ければと思います。
アウトプット大全
物事を身に着けるにはアウトプットが大事ですよという内容でした。
「確かに!」と思わせる内容がふんだんに盛り込まれており、私も今日から実践したくなるような内容でした。
具体的には、インプットとアウトプットの比率や、行動するというアウトプット、人に話すとか書き出すとかのアウトプットなどに触れていました。
凡人道
ひろゆきの著書の一つを紹介している動画でした。
個人的にひろゆきの事は好きなので、面白く見れました。
ひろゆきがいう凡人が成功するためにはどうしたらいいのかが語られており、共感できる内容でもありました。
あと、KKO(キモくて金のないおっさん)という言葉があるのを初めて知りました。とても勉強になりました。
神時間術
時間の効率的な使い方について語られている内容でした。
具体的には朝のゴールデンタイムを大事にしろよという内容でした。まさに僕もそうだと思います。
夜型の人間という方もいらっしゃるかと思いますが、科学技術が発達したこの数百年で人間の生物としての内部構造が変わったとは思えません。
なので、夜型の人間はどこかで無理をしていると僕は思っています。
かといって、夜型の人が無理に朝活動しようとして生産性が落ちるのもなんだかなぁと思うので、結局は人それぞれ自分に合った方を選ぶのがいいのかと思います。私は朝頑張ります。
以上が本日の勉強内容です。
参考になれば幸いです。